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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)5188号 判決

原告

株式会社金山工務店

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

青木秀篤

阪本政敬

被告

更生会社a株式会社

更生管財人

Y1

被告

更生会社a株式会社

更生管財人

Y2

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

被告らは原告に対し、連帯して金二五一二万七九二二円及びこれに対する平成八年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が被告らに対し、原告の債権差押と被告らの債権差押転付命令が競合したところ、被告らが原告の債権差押に対して架空債権に基づくものであることを根拠に債務者である社団法人b建設協会(以下「b協会」という。)に代位して、請求異議訴訟を提起し、民事執行法三六条に基づく強制執行停止命令及び執行処分の取消決定を得た上、さらに被告らが右債権者代位の被保全債権であるb協会に対する債権に基づいて差押転付命令を得て、その債権の満足を得たため、原告が債権差押により回収できた債権額について損害が生じたと主張して、不法行為に基づく損害賠償請求として、連帯して二五一二万七九二二円及びこれに対する不法行為の後である平成八年三月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求した事案である。

二  当事者間に争いのない事実

1  被告らは、当庁に対し、別紙請求債権目録≪省略≫記載一の債権を請求債権とし、別紙差押債権目録≪省略≫記載の債権(以下「本件差押債権」という。)に対する債権差押命令申立(当庁平成七年(ル)第四三二六号)及び転付命令申立(当庁平成七年(ヲ)第七七二八号)を申し立て、平成七年一二月二一日右各命令がなされて、第三債務者である株式会社大阪銀行に同月二五日に送達された。

2  原告は、b協会との間で大阪法務局所属公証人B作成の平成七年第一〇七八号債務承認弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)の執行力のある正本に基づいて、別紙債権目録記載二の債権(以下「本件貸金債権」という。)を請求債権とし、本件差押債権に対する差押命令(当庁平成七年(ル)第四三三〇号)を申し立て、平成七年一二月二一日右命令がなされて、同月二五日に第三債務者である株式会社大阪銀行に送達された。

3  本件公正証書はb協会が、平成七年一〇月一三日、原告に対して以下の債務を負担していることを承認し、以下の条件で弁済することを約して、原告がこれに承諾したという内容であった。

(一) 債務元金 一億九九〇〇万円

(二) 債務原因

いずれもb協会が次の各金銭消費貸借契約に基づき各同日原告から借り受けた借入金の合計額

(1) 平成六年一〇月三一日          五〇〇〇万円

(2) 平成七年八月七日            五〇〇〇万円

(3) 同年八月三一日    四四〇〇万円の残金二九〇〇万円

(4) 同年九月一三日             七〇〇〇万円

(三) 返済方法 b協会は右債務元金を平成七年一一月一〇日限り一括して支払う。

4  被告らは、b協会に債権者代位して、原告がb協会に対して有する本件貸金債権が架空であることを理由として請求異議訴訟(当庁平成八年(ワ)第二〇一四号、以下「異議訴訟」という。)を提起し、さらに原告がb協会に対してなした債権差押及びその執行につき、異議訴訟の終局判決における民事執行法三七条一項の裁判があるまでの間、執行を停止させ、四〇〇〇万円の担保を立てさせて差押えを取り消させる旨の裁判(以下「本件決定」という。)を得て、これを執行した。

右異議訴訟の請求の理由は、原告が有すると主張する本件貸金債権が架空であるというにある。

5  被告らは、右の原告の債権差押の取消に伴い、b協会に対する異議訴訟の債権者代位についての被保全権利である債権に基づいてさらに転付命令を得て、第三債務者から合計五〇二五万五八四三円の支払を受けて、右債権の満足を得た。

6  b協会は当初和議開始を申し立て、その手続が進められていたが、結局破産宣告がなされた。

その結果、異議訴訟については中断して、受継されないままである。

三  主要な争点

1  被告らが異議訴訟を提起し、本件決定の申立てをしたことについて不法行為の成立が認められるか。

2  損害の発生の有無及びその数額

四  争点についての当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告

被告らは何らの根拠もないのに、原告のb協会に対する本件貸金債権が架空であるとして、原告の得ていた債権差押について、強制執行停止命令及び債権差押の取消決定を得たのであるから、不法行為に当たるというべきである。

また、異議訴訟はb協会が結局破産し、手続が中断しているところ、原告の本件貸金債権については破産管財人らから異議が出なかったことから、確定しており、異議訴訟において被告らが敗訴したのと同様の法的な状態にあるといえるから、本件決定については民事保全において本案訴訟が確定した場合と同様に被告らの過失が推定されるか無過失責任が認められるべきである。

(二) 被告ら

被告らは独自の調査に基づいて資料を得た上、原告の本件貸金債権が架空であると判断して、本件決定の申立てをしているのであり、不法行為に当たらないことは明らかである。

また、異議訴訟が確定したのと同様である旨原告は主張するけれども、破産法二四二条による確定はあくまでも破産手続内において争えないという効果が予定されているものに過ぎず、同条の文言どおり確定判決と同じ効果を生じていると解することはできない。したがって、これを前提として本件決定が違法であり、これについて被告らに過失が推定されるないし無過失責任が認められるべきであるとの原告の主張は失当である。

2  争点2について

(一) 原告

原告は被告らの不法行為によって、債権差押命令を取り消されたのであり、これによって回収が不能となったから、右差押によって競合を前提としても回収できたと考えられる債権額について損害が生じたものである。

したがって、原告と同じ差押債権額五〇〇〇万円で差押をした被告らが第三債務者から現実に回収した金額の半額である二五一二万七九二二円が本件における損害である。

(二) 被告ら

原告が本件決定を受けたとしても、これによりそのb協会に対する本件貸金債権の回収が不能となるものでもないから、当然に損害が生じたとの主張は当たらない。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  本件において、原告は本件決定について異議訴訟を本案訴訟とする民事保全と同様に解することを前提として、破産法二四二条による確定によって、あたかも本案訴訟が確定したのと同様の効果が生じているとして本件決定についての被告らの過失が推定されるか無過失責任が認められるべきであると主張するようである。

しかし、本件決定はあくまでも異議訴訟の終局判決における民事執行法三七条による裁判がなされるまでの間の救済手段として同法上認められた民事保全とは異なる手続である上、破産手続における債権表記載による不可抗争力は、これまた包括的一般的執行を目的とする破産法上の手続の円滑な遂行を企図して認められたものであるから、これを民事保全における本案判決と同視することは、異議訴訟が中断したものと解され、しかも、被告らがその債権の満足を受けて右破産手続に関与していない本件においては相当ではない。

したがって、本件においては、被告らが本件決定を申し立てたことについて、過失が認められるかについて判断すべきである。

2  証拠(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実を認定することができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 更生会社であるa株式会社は昭和六三年一二月、b協会を債権者、正功株式会社を債務者とする仮処分申請事件(当庁昭和六三年(ヨ)第四七五六号)においてb協会からその負担すべき担保金五〇〇〇万円の立替を依頼されてこれを立て替えた。本件差押債権は実質的に右立替金請求権の担保となるものであった。

(二) 被告らは第三債務者である株式会社大阪銀行からの連絡で原告からの差押えにより、差押えが競合し、支払ができない旨の通知に対し、原告による債権差押命令のみの申立て及びその送達が執行妨害の可能性が高いと考えて、検討した。

(三) まず、被告らは興信所による調査を実施して、原告の貸借対照表(≪証拠省略≫)を入手したが、その流動資産の部に短期貸付金として記載されるべき本件公正証書記載の金額に見合う金員は記載されていなかった。

(四) b協会は、平成七年一二月下旬ころ、和議開始の申立てをし、和議債権者集会が平成八年一月ころ、開催されているところ、被告らは、右集会の後に、和議債権者の一人である株式会社東通を通じて、債権者に送付された和議開始に至った説明書を入手した。

ところが、その説明書の資料として添付されている和議債権者一覧表(≪証拠省略≫)及び同別除権者一覧表(≪証拠省略≫)には当然記載されているべき原告の名前は記載されていなかったし、また、金額のみを記載した和議債権者一覧表(≪証拠省略≫)にも本件公正証書に記載されている金額と思われるものは記載されていなかった。

(五) 被告らは、本件公正証書が作成された時期が被告らがb協会に対して預託金等の返還を請求していた別件訴訟について被告らが一部判決を申し立て、弁論が分離、終結された同日に作成されていること、その内容も何らの担保の供与なく、一億九九〇〇万円もの金員を貸し付けていたというものであり、返還時期も最終の借入から間がないことなど、通常の法人間の金銭消費貸借としては明らかに異なるものであったこと、第三債務者が銀行であり、通常は転付命令も申し立てて満足を得るのが通常であるのに、これを伴わないことから、単に差押を競合させる目的をもつものと考えられたことなどの事情も総合して、原告の本件差押について架空債権に基づくものであると判断した。

右認定の事実を前提とすると、被告らが原告の本件債権について架空債権であると考えて、本件決定の申立てをしたことには、法律上及び事実上の根拠を有することが明らかであるから、そもそも右行為は不法行為には当たらないと解される(なお、事後的に判明した事情であるが、≪証拠省略≫によれば、本件公正証書作成についてのb協会の担当者であったCが被告らのb協会に対する別件訴訟の帰趨をにらんで原告による本件差押の申立てに協力した旨D弁護士に対して述べたことが認められるのであり、本件決定に関して、弁護士である被告らの法律実務家としての判断及び対処は正鵠を射たものであったというべきである。)。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないことに帰する。

二  結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 島田睦史)

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